最終的に、性的興奮に関する脳の研究は、性機能障害に対する新しい治療法や、おそらくは女性向けの『バイアグラ』タイプの薬剤の開発にも寄与するだろうとみられている。製薬会社によるこうした薬剤の開発は、今のところ難航している。また、こうした脳研究の成果は、身体障害者や、誤って性犯罪者とされた人たちなど、さまざまな人々に新しい希望をもたらすものとなる。

心理学者たちは、心理学の黎明期の時代から、自分の性生活の詳細を打ち明けてもいいと承諾した人たちを研究対象として、性的興奮を理解しようとしてきた。しかし、性的刺激の身体的な徴候を測定する効果的な方法の開発が進んだのは、ここ50年ほどのことにすぎない。

最初の測定方法が開発されたのは、1950年代だった。チェコスロバキア(当時)では、兵士は同性愛者だと公言すれば軍隊から除隊できたため、性科学者のカート・フロインド博士は、兵士たちの性的指向を確認する方法を考案する必要に迫られた。そこでフロインド博士は、勃起に伴うペニス周囲の空気圧の変化を測定する、一種の圧力計を発明した。さらに改良された装置──通称「ピーター・メーター」──は、水銀と電流を使って、ペニスの周囲に巻かれたバンドのサイズ変化を測定する。女性用には、タンポンに似た器具が使用される。この器具は、膣の内部をライトで照らし、周辺組織における光の拡散具合を測定することで、血液の流れを探知する仕組みだ。

こうした測定装置によって、心理学者は多くの研究材料を得てきた。昨年も、ノースウエスタン大学の研究者により、女性は性的指向に関係なくすべてのタイプのポルノ──男性どうし、女性どうし、異性間──に対して興奮する傾向があるという研究成果が報告された。一方、異性愛者の男性は、少なくとも1人は女性が出てくるポルノ作品を好み、同性愛者の男性には、その逆の傾向が見られるという。

しかし、性的興奮を測定する装置は完璧とはいえない。「女性用の測定器具は、男性用よりも複雑だ。女性の興奮の測定については理解が不足しており、器具の満足度も低い」と、ノースウエスタン大学心理学部のマイケル・ベイリー学部長は語る。さらにことを複雑にしているのは、多くの男性は、特に年をとると完全に勃起しなくなるという問題だ。性的刺激を男性と女性の間で比較することも難しい。

5年ほど前から、性科学者たちは研究に脳の画像検査を取り入れるようになった。「ペニスや膣を測定するよりも、脳の画像を検査するほうが、心に直接的にアクセスできる」と、ベイリー学部長は電話インタビューで語った。「私は心理学者なので、心の中で何が起こっているかに興味がある」

性科学者たちがおそらくもっともよく利用している測定技術は、脳内代謝の変化を測定する機能的MRI(fMRI)だ。fMRIを使えば、性的興奮やオーガズムを感じている際に、脳のどの部分がより活発に──あるいは不活発に──なっているかがわかる

性に関する研究は順調に進んで来たわけではない。たとえば、カリフォルニア州サンノゼ在住のセックス問題セラピスト、リンダ・バナー氏がMRI装置を借りようとスタンフォード大学に交渉したとき、当初の相手の反応は好意的とは言えないものだった。「われわれはいくつかの問題にぶつかった」と、バナー氏はサンディエゴのSSSS会議で述べた。スタンフォード大学のMRI担当職員は、MRI装置の中に液体がこぼれることを嫌がり、こう言い放ったという。「オーガズムに関する質問をするなんて、考えるのも許しません!」

したがって、スタンフォード大学で行なわれた研究では、性的興奮については調査したものの、性的刺激によって装置を汚しかねない結果物が生じる段階までは調査ができなかった。

次に、技術的問題が持ち上がった。電子レンジ同様、MRIは金属を扱えない。入れ墨には金属成分が含まれるため、メイクに入れ墨を使っている女性は調査対象にできない。また、ある男性のポニーテールを束ねていた金属製のバンドのせいで「その人の検査がまるごとダメになった」こともあると、バナー氏は語る。

だが、この研究における最大の課題は、おそらく被験者を性的に興奮させるところにある。狭苦しく快適とはいえないMRI装置の中に横たわる被験者を、男女を問わず性的に刺激する方法を、研究者は考え出さなくてはいけなかった。いくつかの実験では、被験者はみずから肉体に刺激を与えている。ワシントン大学の実験では、特別なビデオ用ゴーグルとヘッドフォンを使用して、被験者にポルノを見せた。「この方法はうまくいった。MRIの中でも、性的興奮とオーガズムを引き出すことができた」と、同大学の神経放射線学部門の責任者を務めるケン・マラビラ博士は述べた。

数々の障害にもかかわらず、研究者たちは報告に値する多くの成果をあげた。とりわけ興味深いものとして、下半身麻痺の女性たちが自分自身の生殖器を刺激することによってオーガズムに達したという、ラトガーズ大学のウィップル教授のチームによる報告がある。脊髄損傷のせいで下半身への刺激自体は感じられないが、オーガズムは経験できるのだという。

ウィップル教授は、この現象について、生殖器からの信号の一部が迷走神経を通って脳に伝わるためではないかと推測している。迷走神経は、いくつかの内臓と脳をつなぐ、身体の生存に欠かせない神経だ。しかも、この神経は脊髄を通らないので、背骨に深刻な損傷を受けても、信号の伝送経路が断絶しないと考えられる。

ある実験では、MRIによる調査を受けていた女性が、何年も前に下半身が麻痺して以来、初めてのオーガズムを体験した。この女性は実験室で、その後も5回にわたってオーガズムを得ることができた。この瞬間はとても感動的だったので、女性もウィップル教授もともに泣き出してしまったという。

ウィップル教授──1980年代の初めにGスポットという言葉を作った神経生理学者──は、その他の研究成果をもとに、オーガズムは身体の痛みの感覚を一時的に抑制し、依存症に関連する脳領域を刺激するという学説を導き出した。「ここからどういう結論を引き出すかは、人それぞれの判断だ」とウィップル教授。

MRIを使ったワシントン大学の研究では、性的興奮が、抑制を、そしておそらくは善悪の判断をつかさどる脳の部分の活動を弱めるということを示唆している。「こうした脳の部分は、規則を守らせようとする働きがある。性的に興奮すると、この部分が不活発になり、ますます性的に興奮するというわけだ」と、マラビラ博士は説明する。

脳の走査によって、性的興奮の過程がより明確になっただけでなく、被験者が受けている性的刺激の程度についても、より正確に測定できるようになる可能性もある。こうしたことが測定できれば、性犯罪者に対する診断と治療を行なう際の重要な情報になるだろうと、トロント大学のレイ・ブランチャード教授(精神医学)は述べる。

現在、カナダの医師たちは性犯罪者の性的嗜好を探るために、ポルノ写真を見せ、勃起測定装置を使用している。しかし、このシステムは非常にずさんにもなりうる。ブランチャード教授は「脳の中を直接見ることができるなら、生殖器の興奮に注意を払うことなく、『なるほど、こいつは小児性愛者で露出症の強姦犯だな』などと断言できるようになるだろう」と期待を寄せる。

ブランチャード教授によれば、脳の走査結果を見ることで、不適切な性的興奮に対する最適の治療法も探しやすくなるだろうという。

一方、各地の研究所では、より大きな目標に性科学者たちの関心が集まっている。すなわち、男性にも、そして特に女性にも有効な新しい性機能向上法だ。バイアグラは、ペニスへの血流を増大させ、男性に対して驚くほど効果がある。しかし、男女ともに同様の生理的影響を与えるにもかかわらず、バイアグラは女性の性的興奮を高めるという点では望み薄だった。マラビラ博士は「何かを見落としているのだ」と言い、その失われたリンクを、身体の中で最も強力な性的器官――脳――の中に発見できるものと期待している。